小說(2018年作)

ジュンの順應

公開:2022年5月8日

初版:2018年9月1日

著:絲

適用:CC0[著作權抛棄]

附錄:『ジュンの順應』後書

注意事項

本文

「あー、最惡、最惡、もう、ムカつく相手」

 私は一昨日の相手の事を、搔い摘んで話した。

「だつたら切ればいいぢやないですか」

 彼は私と似てゐる、|解答《こたへ》がはつきりしてゐる事に對して、容赦が無い。

 その部屋に二つある机の、狹い方で愚癡を零す。突つ伏したら行儀が惡いとピシャリと言はれ、二人分の茶が運ばれた。

 もう一つの、彼の勉强机は、不揃ひのコピー用紙で埋まつてゐる。ベッドの周りには本が積まれ、脫ぎ散らかした上著が何著か、くたつとなつて端の方に掛つてゐた。彼の文面は整然としてゐるが、部屋は世の獨身男竝に、雜然としてゐた。

「掃除機、買つたの?」

「まだですよ」

 そもそも掃除機を掛ける|場所《スペース》が無いといふか……。

 お茶を飮む橫顏はまだ幼さが殘つてゐて、太い、黑緣の眼鏡が、私はあまり好きでなかつた。多分、初戀——それが戀であればだが——人生で唯一の戀人だつた男に似てゐるからだ。何の因果か|年齡《とし》も同じだつた、二十四歲。あの時は同い年で、でも今は四五歲も年上で、しかし自分がさういふ歲だといふ自覺も無い。相手が見た目の割に堅いからかもしれない。大學院生といふ話だつたが、大學に行つた事も無い私には、それがどういふ身分かといふのは全く分らなかつた。ただ難しい——|何某《なにがし》かを書いたり考へたりしてゐる、といふ事だけ。

「ジュンちやんも意外とケチだよね。安くなつた時にしか買はないつて、それ、いつまで經つても買へないパターンだよ」

 私はそれで五年も電子レンジを買へてゐない男を知つてゐる。

「それが一番合理的なんです」

「それで五年も買へなかつたらさ、多分、それは要らないものなんだよ」

 彼はジュンロと名乘つたが、實際に會ふ段になると、本名で呼ばれたがつた。私はジュンと呼んでゐたが、本名も“ジュン”がついてゐて、だからこのままでいいぢやない、と私は言つた。一方で私には本名の開示を求めないどころか、半年經つた今でも、律儀にミルキーさん、と口走る事もあるくらゐだつた。

「今日は冷房、入れてるんだ」

「昨日より二度も高いですし、體溫の管理は、大切ですから」

 その視線は、何となく、私の胸元にいつてゐる氣がする。彼が女體のどの部位が好きかなんて、聞いた事は無い。思へば、この男とはあまり浮れた話をしてゐない——できないといふか。

 私と彼との關係は、性質としてはメル友に近く、通話よりも長文メッセージのやり取りが主體だつた。彼の本分がまづ、長文になつてしまふらしい。かといつて|卽時《リアルタイム》でそれをやるのはきついので、メールのやうに、少し間を置いて往復してゐた。私は文字での會話が煩はしくて通話をしてゐる口だが、彼の「話」は面白かつたし、私自身長文を書くのは——たまに書く分には——樂しいと感じるので、その思考の應酬に附合つてゐた。彼の內容としては日常諸々に對する考察・問題提起であり、そのへんの“ブロガー”が好んでするやうな題材、書き方をしてゐた。そこからいくと私の散文は奔放で、それこそ會話をするやうにぶちまけてゐるので脫線する事が多く、彼の整理された“論文”とは正反對をいく。それでも彼はその自由さを氣に入つてくれたやうで、もう半年もそんな、ぐだくだとした、謂はば思想觀念ぶつた愚癡大會が續いてゐる。

 彼が會はうと言出したのも「話し合」つてみたかつたからだ。眞面目くんなもんだから、私の快樂主義的な|人間關係《つきあひ》など知れたら眉を|顰《ひそ》めさうだ、と思つてゐたが、精神安定劑みたいなもの、ココアとかポテチとか、砂糖、その他抗鬱劑なんかと同じ、と言つたら、それですんなり納得した。納得した? ……許容した、といふ方がいいかもしれない、彼にとつては「理由」や「道理」、行動原理が大事なのだ。その上、自分の思想體系と合ふかどうかが——つまりは、普通の人が普通にやつてゐる、「|判斷基準《いい人なのかどうか》」なのだけれど。

「おつぱい、好き?」

 さう言つて|微笑《にやつ》いた、今日はちよつと|屈《かが》めば谷間が見える、そんな服を著てゐた。

「別に、どこも好きぢやありません」

「ぢや、全部好きつて事なんだ」

「『好き』ぢやないつて」

 彼は私が誘つた時從順だつた、本當に「意外と」。いつも自分からは誘はないのだけれど、彼の性格からいつて、絶對誘つてはくれなささうだつたから。でも眞正面から言ふのは、やつぱり應へた、相手は年下だし。

 糞眞面目な彼が誘ひに應じる意義、そんなものは知らないけれど、同じでせう、性欲處理。

 |順《かはり》番こにシャワーに入り、私たちは、キスをした。

 なんて事のないキス、私はいつも眼を瞑つてゐて、たまに|薄《うつす》らと開けると、彼はこちらを見てキスしてゐる。……ちよつとこはい。眼鏡の|緣《フレーム》が顏に當る度、鬱陶しい、と思つてしまふ。

「セックスする時くらゐ、眼鏡外したら」

「僕の視力は〇・〇二なんです、間近でも顏が見えないんです」

「あたしのブサイクな顏なんて、見なくていいでしよ」

 眼鏡に手をやると、手に手をやられ、私は仕方無く引つ込めた。このプラスチックの感觸が嫌ひ、硬くてつるつるして冷たくて……、思ひ出してしまふ。

 彼は私の首筋に口附け、二人してベッドに倒れ込む。

“どうして——”。何だつけ、初めてした時、言はれた言葉。中々|美味《うれ》しい言葉だつたはずなのに、思ひ出せない。確か文面の事を高く買つておいて……、何だらう、豫想に反して私が馬鹿つぽかつたとか、そんな言葉だつた氣がする。それに對して私は言つたのだ、「だつて私は、馬鹿だから」。それだけは憶えてゐる。

 彼は私の文面を思ひ浮べてゐたのだと思ふ、でも違ふの、これが私、今あなたが觸れてゐる私が、|生身《ほんたう》の私。

「……」

 私はあまり聲が出る方ではない。演技もできない。だから率直に言葉で傳へようとするのだけれど、どこか官能に缺ける氣がする。氣持いいよ、もつとして、さう傳へたいだけなのに、何囘セックスしてみても、これだけは上逹しないでゐる。

 叮嚀に女を扱ふのが彼の流儀らしいが、私が要望を出すと、|二囘目《つぎ》のセックスからはそのやうにした——しかしその從順さも一時だけで、彼は終りが近附くと私を無視する——【それ】が私を“幸せ”に導く確實な方法、といふわけだ。押附けがましいにも程があるが、私ははつきりとその“不滿”を洩らした事は無かつた。

 彼が押したり、私が引いたり、ぶつかつて、まるで|餠搗《もちつ》きみたいな問答も、昂奮こそすれど、行著く先が決つてゐるなら冷えてゐる。餠は固まつてゐる。

「……」

 彼が|容態《きげん》を問うた。

 私はいいよ、と言つた。

「あなたは、どうなんです、……」

 あなたの力量ぢや無理よ、お馬鹿さん。私は別に、どうでもいいから——

 氣持よくなりたくて、切望して、|漸《やうや》くセックスしてるのに、それが實際に始まると、當の目的は失せてしまふ——私はセックスすら面倒臭がつてゐるのだ! 氣持よくなりたいくせに、人一倍性慾が强いくせに、男が好きなくせに、怠惰の方が勝つてゐて、くそ。|慾求不滿《ふまん》が募る。でもそれが私の選擇し、受容れもする、私の性分。

「いいの……」

“私も”なんて、そんな噓、とつても吐けない。下手なセックス已上に、噓のセックスは|最低《きらひ》だ。“いいの”つて言ふのも、曖昧だけど。

 一通りが終つて、ベッドに橫になり、彼も私の隣に橫たはつた。

 彼は腕枕をしたり、抱寄せたり、背中を撫でたり、なんて甘い事はしなかつた。意義が無ければしない、女には酷く刺さる態度を貫いた。不器用、いや、硏がれ過ぎた|刄物《ナイフ》。相手を|刺殺《さしころ》すためだけのナイフ、性慾を吐いて捨てるためだけのセックス。私がしてゐるのもそんなセックス、でも、もつと、愛情つぽいものが欲しいぢやない。

「……」

「……え?」

 やつつけないと、氣が濟まなかつた。

「あんな事しないで下さいよ」

 息が整ふと、彼は言つた。

「なにが?」

「加減してくれれば、ちやんとできたのに……」

「またしたかつたの?」

「あなたが氣持よくないぢやないですか」

 ふゥ、と笑ふ。

「あたし、今のでも充分昂奮してるわよ。悶えてるあなた、かはいかつたし」

「それぢや僕にもあなたにも|公平《フェア》ぢやない」

「ふん、フェアとかなんとか……さういふのは、もつと上手くなつてから言ひなさいよ」

 ああ、言過ぎちやつたかな。怒られる前に、ベッドからすり拔ける。尤も、彼は暴力に賴つたり、怒號を飛ばしてくるタイプではなかつたが。——とはいへ、本氣で怒らせた事は無い。

「あなたが、協力的でないから」

「まあね、それは、認めるわよ。でもあたしはこれで滿足してるし、あんただつて最後までしてるんだから、いいぢやない。上手くなりたいなら、もつと積極的な先生を見附けなさいよ」

 私にはこれくらゐしか當て附けやうが無い。

「あー、おなかすいた」

「食事をするなら、シャワーに入つてからにしてください」

「言はれなくてもよ」

 |溫《ぬる》いシャワーをかぶりながら、やつぱりこの男とはぎくしやくしてゐる、と思つた。別に感情が無いわけぢやないのだ、變に|一途《いちづ》といふか、“目的”に徹してゐる。でも時間を掛けて良くなつていくなんて、そんな事。根が惡い奴でないだけに。きつと理想を|追求《おひもと》めてゐるだけなんだ、頭で理解して、でも體も|感情《きもち》も“理解”できないもので、だからこんがらがる。總てが理屈通りにはいかない。……何だか昔の私みたいだ。だから餘計むかつくのかもしれない。眞面目過ぎるんだよ、あんた。セックスくらゐ、もつとふざけなよ。あるいはふざけないのが、あんたのおふざけ。

 浴室を出ると、机にはコンビニ辨當と、卽席の味噌汁カップが二つあつた。

「なんだ、あんたあ、人にはシャワー入つてこいつて言つておいて、セックスした體でコンビニなんか行つてたの?」

「……」

「でもありがと、すぐ食べたかつたんだ、ありがとね」

 氣遣はせてごめんね、と言ふと、いいえ、と短い返事。

「シャワー、浴びてきなよ。あたし待つてるから」

「いいですよ。先に食べててください」

 ……眼を瞑つて、彼が出てくるのを待つ。うつかりしてゐると、そのまま寢てしまひさうだ。ああ。もう一囘ベッドで橫になりたい。でもお腹も空いてるし、何か輕く口にできるものでもあればいんだけど、勝手に冷藏庫を開けるわけにはいかない。後がうるささうで。代りに味噌汁のカップの封を切つて、いつでも入れられるやうにしておいた。辨當は、|溫《あたた》めておいた方がいいだらうか? 分らなかつたので、シャワーが止まると同時に、自分のだけ溫めておいた。彼が溫めると言つたら、こつちから出せば良い。

「先に食べてて良かつたのに」風呂から上がつてくると、彼は言つた。

「お辨當、あつためる?」

「いいです。それよりあなたは、服を著てください」

「……はいはい」

 私がシャツとズボンを身に附けてゐる間に、彼は味噌汁を|溶《と》いた。別に下著だつていーぢやん? 改まる場面でもないくせに。

 食卓は靜かだつた。味噌汁を吸ふ音、|咀嚼《そしやく》する音、頭も疲れ切つてゐたから、特に話す事も無い。

 お腹は何とか滿たされ、それから、それから……する事も無くなつた。ジュンと逢ふ時は、本當にセックスする時だけだ——どこかに行かうとか、あれしたい、これしたい、冗談めかした事一つも無かつた。かうしてみると、彼と私とはえらく希薄だと感じる。

 その裏に積重ねた言葉があるとしても。觸合へる總てが眞實ではないにしても。寂しく、冷たい。

「あたし、歸るわ」

「さうですか」

 雨がベランダを打つてゐた。|燈《あかり》が無いために部屋は暗く、靑かつた。さうだ——燈の無いままで、飯を食つてゐたんだ。

 私は押戾した椅子をもう一度引いて、坐り直した。

 彼の睫毛が、私に|瞬《またた》く。

「もう逢ふの、やめませうか」

「……え。

 どうして、なんで、理由はなんです」

 あつさり承諾すると思つてゐただけに、その樣子が|意外《をかしい》といふか、嬉しいといふか——。

「見込みが無いから」

「なんの? セックスの?」

「寧ろ、セックスしかないんぢやない?」

「それは、あなたが——さつき言つてゐたぢやないですか、自分は今のままで滿足だつて、だのに、」

「んー、私のセックスつていふのは、體だけぢやなくて、やつぱり人同士の樂しさつていふか……あたしとあんたつて、會話繫がらないぢやない、正直」

「そんな事……」

 勝つのはいつだつて|口頭《こうとう》の言葉だ、分つてるでしよ、私たち、今會つてるの。口を使つて話してゐるの。

「やつてても樂しくない」

「……僕は」

「氣持いいのと、樂しいのつて違ふの、多分、あなたも分つてると思ふけど。虛しいでせう? いつも」

 滿足感が無い、安心感が無い、目が覺めたら何しよう、つていふわくわくが、想像が無い、それでセックスなんて、できるか? 關係を、維持したいと思ふか?

「あたしは思はない、もう、續けたくない」

 彼は默つてゐた、耳|朶《たぶ》まで赤くなつてゐた、恥ぢてゐるのだらうか、|辱《はづかし》めだと思つてゐるのだらうか? 分らない、どうでもいい、さつさとこの場を立去りたい。

「とにかく、あたしはあなたと逢はないよ」

 床にぐづぐづになつてゐた上著を取る。「ぢや、今まで、ありがと、それは本當に、思つてる」

「待つてくださいよ!」

 彼はまた珍しく——。思考の|間《ま》に附込んだのは私だ、|承知《わかつ》てゐる、でもさ、かうでもしないと、逃げられないよ。

「どうして——あなたつていつつもさうだ、一方的に、終らせて」

「うん?」

「僕が、がんばる……解決する、その努力も、改善も、何も聞かずに、去つていく!」

「あのねえ、ジュンくん、ここは學校でもないし、會社でもないのよ、一方が逢ひたくないつて言つたら、人間關係はそれで終り! あんた、これ已上執著するなら、ストーカーよ」

「そんな勝手な!」

「勝手なのが|人間關係《にんげん》よ。現にあなた、どうする? あたしがこの場から去つて、あんたのID消して、これ已上あなたになにができる? なにもできないでせう?」

「だから……、僕には|提供《なんとか》できるつて」

「それ、附合つてるうちに示せないと、意味無いの」

「あなたが不平を洩らさなかつたから」

「ああ、でも、私は『解決』なんて望まなかつた、それすら望まなかつた、もう最初つから、手の込む『解決』とやらをするなら、あなたと|訣《わか》れた方が|德《まし》だつて、ずつと思つてた。酷い? ごめんね」

「酷い! あなたは酷い!」

「ふ、ごめんね、ほんと、私つて酷い女だ」

「あなたはさうやつて氣取つて、人を傷附けて、自己像を滿足させる」

「かもね、でも、同じくらゐ、私は人との關係に貪慾なの、求めてしまふものなのよ」

「ジュンくん」

 私が兩の手で燃えるやうな頰を包込むと、彼は|嚴《いか》つた、パシッと、音がする程銳く、私の手首を摑んだ。赤い目には淚が浮んで、情慾が涌いたみたいだつた。今までで一番情熱的だつた。

「ゆるさない」

「ゆるさない? だつたらどうする? あなたはあたしと何がしたいの?」

 彼は手首を摑んだまま私を押した、とびきりこはかつた——本當にバチンと、勢ひよく頰を張られさうで。私は恨みを買ふよりも、暴力を振るはれる事の方が、ずつとこはかつた。

「出て行つて、出て行つてください……!」

 無理矢理押しやられ、足元がぐちやぐちやになつたまま、私は外に追はれた。ああ——その|烈《はげ》しさがこはくて、私は淚を一つ二つ零した。

 これだから人の激情には耐へられない。應へる。……

 私つて惡い女かしら、なんて未だに考へてしまふ。うーん、惡い女だつた、惡い女だつた……だつて、合はなかつたんだもの。それつて、自然で合理的な選擇ぢやない? これつぽつちも自分が惡いだなんて、思つてやしない。それどころか、淸々してゐる。

 あれ已來、ジュンからメッセージが來た事は無い。そりやさうだ、削除したんだから。あの日、——一昨日のさいてーな男と一緖に。同列だとは思はない。でも、二人して「合はなかつた」といふのは同じで、最早“解決”の見込みが無い事は、彼らにも私にも分つた事だらう——私はやると言つたらやる女だ!

「なにしてんの」

 ぼーつと、スマホの畫面を見てゐたら、聲が掛つたので、私は畫面をロックして、椅子に|抛《はふ》つた。「墓に葬つた男どもの事」

「こわ」

 私が附合ふ男といふのは、つくづくどうしやうもなくて、でもとんでもなくかはいらしい部分があつて、たまらなかつた。だからついつい、手が出てしまふ。——だめだな、それ、典型的な浮氣|人間《をとこ》の性根といふか、でも私には「浮氣」なんて無いし——いや浮ついた氣、氣の多い人間なのは確かなのだけれど、それが惡いとか惡癖だとかは思つてゐない、全然。今だつて、過去の戰利品を數へてゐた、たつたそれだけ、|蔑《ないがし》ろにしてゐるつもりは無い、寧ろ、彼らを大切にしたいから訣れた、たつたそれだけ。ずつと續く關係なんて無いよ、變らない關係なんて無いよ、何もかも|過去《すぎさ》つていくよ、あるのは今の|娛樂《らく》と|慾望《よく》だけ。

「ダルちやんも、すぐお墓に入れてあげる」

「んー、おれは|鳥葬《てうさう》がいいな」

「そこはあたしに食べられたいつて、言つてよ」

「やだよきもちわるい」

「あたしはきもちわるくて、鳥さんにはいいんだね」

「いやなものは、いやだからね」

「……うん、|道理《だうり》だ」

 ぎゆ、つと、足元にもたれ掛つた、大きな|大人《こども》を抱締める。

 このこどうは、いまここにいきてゐるぞ。

 それを|今《これから》、とんかちか何かで叩いてぽんこつにしてしまふ、かはいい、三十二年生きてる男の子。

 君といふかはいさに觸れられれば、今は、それで。

📚 gemini://sinumade.pollux.casa/kimitin/2018/2.gmi